『ないとは言い切れない』究極の自説擁護

『幽霊がいるかもしれない』,とか言っている人たちが良く使うフレーズ。

自説擁護だけはしっかりとするが,宗教の勧誘に騙されるタイプの人たちである。

…幽霊とか云う物のハナシを始める人を見ると,新興宗教に勧誘できるかどうか試しているのではないかと勘ぐる私。
幽霊が幻視ならば,それを利用して騙すことが簡単だと思うからだ。
幽霊と化オバケとか言って騒いていると弱点を曝していることになる。

ただの馬鹿かもしれない,とも思う。

ただのバカだった場合,今後の付き合いもアウツなので寂しいばかりだ。
別に悪い人たちというわけではないからツライ。
幽霊は幻視であると割り切ってくれないものか...

 

心霊写真とは,脳が作り出したモノ「霊」が見えてしまっているだけである,という事を分かってほしい。目と口があれば勝手に脳が人の顔だと認識してしまっているという事を。
スマイリーを見せれば分かってもらえるだろうか?(笑)

自分が見えないから言っているのではない。
“幻視的” には「見た事がある」,とは言える。
それは多くの人が体験する金縛りだとか夢のようなものだとかの中でのことである。

割り切って幻視を見ているのである。金縛りを無理やり解いたこともある。
オバケとか幽霊とか言って騒ぎはしない。
本当にいるならとっくにとっ捕まえて見世物にして投げ銭で暮らしていることだろう。

 

 

安い労働力が未来都市を作るのか

未来都市開発計画の最下層には低賃金労働がある。
それでなければ未来的都市を象徴する建築物群は完成しないだろう。
欧州の都市が未来的とは言えないのは低賃金労働者不足のせいなのだろうか?
それとも単に欧州の都市がいち早く発展して停滞したままだという事なのだろうか?

これからの未来都市建設の底辺にはどんな問題が潜んでいるのだろう。
未来図を見ているとこれから発展して未来都市になるのは
東京が停滞した後,アジアの国々,とくに,シンガポールなど労働者が周囲からいくらでも集まってくる場所だろう。

アジアで最も現在発展した都市は東京だろうか。
そして香港。
バンコクはまだ発展中だが勢いがあるように見える。

東京の発展は停滞し汚染地帯になった。
外国人労働者がどんどん増えていく。
これを読み返すころ,世界はどうなっているだろう...

途上国に避難しておいた方が健康を保てるだろうか...
原発汚染のない地域に...

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妄想世界と現実世界

さて、今朝の妄想は,東京大空襲についてです。

戦争が終わる前に、不必要にも東京を焼け野原にしたのはなぜだったのだろうか。
急にそんな妄想...朝からなぜか頭から離れない。まさにビョーキです。
今までほとんど考えたこともないそのような戦争時代の悲劇的空襲についての妄想が浮かんでくるなどとは、今まで想像だにしなかったことだ。それなのに妄想は飛躍してやってくる。
妄想とはそういったものなのだろうか...まあいい。これからその妄想が言っていることについて私と一緒に見てみたい人は続けて見てもらえばよいし、人の妄想なんて気持ち悪い、という方は無視していただき、次に書く、なにか違う記事に飛んでもらいたい。

東京大空襲で焼け野原になったとき、復興にかかる金は誰が出したのか。
そしてそのゼネコンが東京を作ったのか。

これが妄想の始まりの問いである。

「そんなこと知りません。」

…普通の人はこのひとことで妄想の種を打ち消して済むのであるが,何せ私は精神病であるからか(鬱やパニックなどであり、統合失調症ではないというが,さてどんなものかは神のみぞ知る、である。神はいないから、結局誰も知らないというのが事実なのである。)

9.11はデモリション会社がやるような都市部でのビル取り壊しのようなやり方でビルがグラウンドゼロになったようなのである。
アレが誰かがやったテロだというには余りに,センセーショナルな大ボラすぎるので、たいていの人たちにはバレている

東京は大胆にもほぼすべてが焼き野原になって、そのあとの復興が、ほぼやりたい放題にできるほど、まっさらな白紙状態までになったという。

戦争って何なのだろうか?

もちろん、大陸では国同士での領地の問題があるが、日本は島国。周囲に隣接する国はない
全ての他国とは海を隔てたお隣さんだ。

ざっくり言えば、東京大空襲は、わざと壊して立て直したかった
そういう妄想である。
なんらかの理由がないと、勝手にそんなことをしたら国民大一揆であるから、なんとか不可抗力であったという事にしなければ誰も納得しないし、国民は反旗を翻すだろう。

さて今回は福島が人の住めないところと言われて遺伝子がヤられた動植物の跋扈する荒れ果てたほぼ無人の地域となっている。一応のところ、「帰還してOKと言っているが.わざわざ被爆しに帰還したい人がいないのは明らかであるから、言っても言わなくても事態は変わらない。だから,言うだけ言っているだけ。

次は茨城か。東海村原発再稼働するつもりであるようなのだ
周辺の市町村が反対すれば、やめるなどと言っているが沖縄を見て見ろ。

他にも周辺住民の意向を完全無視して事はどんどん”向こう”の勝手に行われている真っ最中なのである。以上から鑑みるに、東海村は再稼働されるのだろう。日本国民である住民の意志は完全に無視される予定である。
ついでに、避難の準備をしているというから、東海村も重大事故を起こす予定なのだろう。

そして住民は流浪の民となるのである。

生まれて初めて【自撮り棒】ジャジャジャジャーン

大きめの100円ショップがあったので,何があるか入ってみた。セリアという店。
そこで目に入ったのがコレ。

【自撮り棒】...(-_-;)

man kissing woman holding selfie stick
Photo by James Frid on Pexels.com

かつては日本で(世界でも)史上初のカメラ付きケータイをいち早く購入していた私だが,自撮り棒を生まれてこのかた,使った事がなかったのである

...それを見ていると何故か背徳的後ろめたさがこみあげてきた。

しかしチラ見は凝視に変わり,自分の中の好奇心を司るアタシAが『経験せよ!!』と命令のように叫んでくる。

同時に,アタシBは “パンピーがバカみたいに自撮り棒で写真を撮っている場面
” を思い起こさせ,『バカみたいなことはやめろ!』と私に恥の念を送ってくる。

...しばらく凝視した後,アタシCが言った。『108円だからまあ,試してみれば』 と,楽天的に諭してきた。

...ので,購入決定。

パッケージにある『自撮り棒』という名が,見るたびに恥ずかしいそのブツをかごに入れ,レジへ行く。買ってしまった...。

自宅へ戻り,しばらく放っておいたが,忘れたころに袋を見ると,そのブツには『iPhone用』と書いてあるではないか!

私が現在使用中のスマートフォンはアンドロイド端末である。

まあ,試してみよう。100円だし...』 と,楽観主義のアタシCが私をなだめる。

...さて。試してみたところ,付属のカメラアプリでそのまま使えた。

自撮り棒初体験!!

しかし100円だからか45センチと短い。

使い方によっては,腕だけに頼る自撮りとはまた少し違った取り方が出来るだろう...ことを期待して,それ程クソでもなかったという事で,結論。

植物判定アプリ【Picture This】使ってみた。xoだ

うちに十種類くらいの植物があるけど名前忘れたから使ってみたら。
六つ写真を撮ったうち,
『テーブルヤシ』

shallow focus photography of green fern
Photo by Studio 7042 on Pexels.com

しか判定できなかった。(ㇷ゚

...誰でもわかるモノだけしか判定出来ない!ってことか!

出来損ないのポンコツアプリがなんで48パーセントの評価なんだよ,おいおい。

どうなってるの?
使い方や撮影の仕方が間違ってたとは思わない。

オンライン植物図鑑の方が使える事が判明。
植物の名前は判明せず。

オダブツだ。アンインストールだ。

もう少し完成度挙げてから世に出したらどうですか。

ろくでもない。
時間泥棒!

さいなら!

さいなら。

【英局ラジオ局実況】ラジオ聞いてる人なんて今どきいないだろうけど...

数年前一時期ラジオをよく聞いていた時期があって,何となく慣れているので,今イギリスの音楽のラジオ局を聞き流している。

まあ,聞き流しているだけで,ただのBGM。流れてくる局には聞きたくもないものも多いが,気にしない。

最近は音楽を聴くこともなくなって,以前は溜め込んでいた音楽ファイルも自分なりに凝った作りのプレイヤーもすべて失って今は違うラップトップで簡単な動画処理くらいしかやらなくなった。音楽編集も自サイト作りを楽しむこともなくなった。

かろうじてフェイスブックを連絡手段として使うくらいで,ラインさえほとんど使わない。

お題に戻って,ラジオ。今聞いているラジオがあまりにパンピー向けなので局を変えたいが,それを行う気力もなし。垂れ流しのユーロパンピーミュージックをBGMに手だけを動かしてこれを書く。

ああ,ああ。

やっぱクラシックの局に変えようかな。

...あまりにパンピー度が高くて耐え切れず,クラシックに変えた。と思ったら,曲が終わったところだ。でもクラシックやジャズのラジオ局は一般のものよりもシャベリがマシなのでイライラが抑えられる。

...と思ったら,ラジオCMが始まったよ...(プチ怒

あ,やっと次の曲...有名曲だ。自分でも一時期毎日のように聴いていた,Solveig’s song です。

woman in white short sleeved dress
Photo by Simon Leonardo on Pexels.com

ではごきげんよう。

“医師の指示で”終わるハンストについて(パンスト=パンピーストライキ)

ハンスト=ハンガーストライキ
短縮形のほうは最近はあまり聞かない言葉だとおもうが,
私が思うに,昨今のハンストは命をかけておらず,医師の指示に従っていたり,
報道されていないときに食事をしていたりして,言葉だけのインパクトで注目を集める手段と化しているようだ。

最近ちょっと気にしていたハンストももう終わってしまい,「医師の指示により」だそうだ。
そうなる事が最初から分かっているに違いないのにハンストを行うことは,ハンストに汚名を着せているようなものだと私は思うのだが。

アレは単なる『プチ断食』である,と断言してもよい。

オーディエンスに与えるインパクトも次第に薄れてゆくだろう。

最終的には医師に従う事を決めている人たちは『ハンスト』と言わずに,『我慢大会』などと銘打ってほしい。
命を懸けたハンストに汚名を着せるのは,いい加減やめてもらいたい。

(命を懸けたハンスト経験者が一言申しました)

今度のテーマは”神”だって。なんだ今頃...

 

 

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はてさて。今回のお題は『神』らしい。

真面目に綴ると一行で終わるか,延々と続く文章になってしまうお題だ。

まあ適当に書いておこう。

神を信じるとか信じないとか,霊が見えるとか,仏が現れたとか,先祖が夢枕に立ったとか
神社に行ったとか,教会で式を挙げたとか,墓守は仏教徒だとか,
節操ない日本人。

要は,何でもいいから神頼み,縋りつく対象。日本においてはそうでしょう?

で,普段は忘れているか,『ありがとうの気持ち』というものに神を込めて,ありがとうアリガトウ と言い過ぎ。それは欧米では『ごめんごめん』と言ってるようなものだね。ごめんで済んだら〇〇はいらんのじゃ。
でもありがとうと言ったらなんでも済まされることにしたいんだろうね。

ありがとうと言い遅れただけで目を剥いて「感謝の言葉はないのか!」と怒り狂う,神に生かされ,神にすべてを与えられて生きている人が殆どだが,ずいぶんと他人には厳しいんだね。
あたかも,他人に与えたそれが自分の所有物であるかのように。
すべて神様のもんでしょ?違うんかい...?
犬をエサで手懐けるかのようだ。しかし猫様には通じないぜ。ナンダオマエハ。シャーー!!!

太古の昔,猫の神様がおった。エジプトの信仰だ。

アレそのものか親戚が私の夢に出現したことがある。
アレはこんな私にさえ現れたのだから,私は,信じる信じないというより,バステット大好きである。

オバケでさえ,いつか私の前に出現したらとっ捕まえて見世物にしてやろうと待ち構えている私でも,猫の母性というもの程感動させる話のある神話などない。
この世のほとんどの神話は,罪と罰と炎の煉獄と阿鼻叫喚の地獄と差別主義の天国と怒りと復讐と嫉妬と呪いに満ちた,
この世の苦しみの最上級のような世界ではないか。

それを恐れてひれ伏し許しを請うのだ。理由は,ひたすら怖いから。(ぷ

原罪とか言ってるけど,なにそれ。そのせいで,皆が生きていることを恥じたり,神に借りがあるような気にさせて見たり? お詫びに何かアホなお祓いとか貢物とか,ああ!!お布施で許してくれようぞってこと?..

あああもうどうでもいいやこんな話。とにかくこれから寝る。
夢枕に立ったところでお布施する銭はありませんぜ。神の親方さんよ。

『自由意思はあるか』の答えはみつかった?

なんだか頻出する疑問というか問いかけというか,よくあるでしょ,『自由意思はあるか
で,なぜか有耶無耶になって終わるパターンの。

まず,『自由意思の定義はなんであるか』からして,出てくるのが遅い。
そして結局,皆,匙を投げ,言い争い(言い争いの場ではないにもかかわらず,日本では議論はすべてケンカ)になるのだった。

自由意思とは何ですか♪
見つけにくいものですか♪
カバンの中も 机の中も
探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか♪
それより僕とケンカしませんか♪♪

person wearing shirt standing near tree
Photo by Alex Smith on Pexels.com

...とまあこうなる訳です。そして弱腰軍団は去ってゆく。

そもそも興味すらないんじゃないかと。だから喧嘩好きだけが目立って皆が去ってゆく。

でも,いままでそれぞれの捨て台詞的なつぶやきを利いた中では,『自由意思なんてない』っていう人が多いと思う。

その意味付けは弱いけれども,きっと自分自身のことしか言えないんだろうからだと思う。
日本人に問うのと欧米人に問うのとでは意味が違ってくるだろうとも思う。
欧米人的には哲学と神学が入ってくる。
日本人には神は入ってこない。

そして日本人は,長いものに巻かれる。流される
欧米人は短いものを巻いて肥大してゆく。開拓する

長いものに巻かれる当事者には,自由意思も何もないだろう。そりゃそうだ。
しかし欧米でも絶対者,運命のようなものの介在がある場合はやはり,話が似通ってくるのかもしれない。なぜなら絶対者は『ナガイモノ』の類だろうからだ。

人間の自由意思。”意志”というものを,”人間にしかない自然の摂理への抗い”という意味として解釈するならば,『ナガイモノに巻かれる』ことが選択肢としてあるのだから,『意思』は人間の人たる所以といえるものだといえるだろう。動物にはないかもしれない(尋ねたことはないが)ものだ。

皆が各々好きなことをする。それだけで自由意思じゃないのだろうか?
しかし「自由にしろ」と言われたらどうして良いか判らないという人もいる...
こういう人は牧場に入ってマッタリしていたいのだ。それならそれも自由意思だろうか。

というよりも,自由意思があってこその行動ではないのだろうか?
人に従うか従わないかも選択の自由。自由意思の範疇に入るのでは?

他人を押しのけるも,協調するも,自由意思で決めているのでは?

そこで登場するのが,『その選択肢だって限られているのだから完全な自由意思ではない』
である。

ではそこで創造的に突拍子もなく誰もが思いつかない選択肢を自分の考えで行う,というのはどういうことになるだろう?

『しかしそれだって,限界が...』と萎びた議論は続き,やはり仕舞には自由意思がないことにしようとする自由意思によって問いかけも議論も終わるのであった...

嗚呼,人間...

『私たちがもし目覚めてしまったら』

『私たちは”彼ら”に葬り去られる側の”仲良し組”なのだろうか。

私たちが”彼ら”を何とかしなければ、格差拡大をこじらせて彼らは神となり、私たちは動物同然の存在、という時代に逆戻りしてしまうのだろうか?


そもそも人間はただ知恵と力で戦うことによって天地のごとき差が生まれたのだろうか? 疑問だ。

white sheep on farm
Photo by kailash kumar on Pexels.com

それとも、一握りの彼らは歴史において、他を滅ぼし(人口削減、愚民・家畜化)自分たちは知恵も所有も保存して、城に住み、”神”を恐れさせることによって自分たちへ憎しみが向かぬようにし、支配を計画的に行ったのだろうか。

私たちが、囚われた家畜であるとしたら。

そして目覚めてしまったら。

...目覚めてしまった私たちに何ができるだろう?』