今年の夜明け、私はホテルの一室で一人、泣き疲れて寝ていた。
起きて混乱しつつ電話し、迎えに来てもらい、そのまま近所にある歴史的な場所へと足を向けた。
そのような状態
だから新年という感覚などなかった。
浮き上がった居心地の悪い心理状態のままで歴史的建造物を見て回った。
その後どうしたのかすらよく覚えていない。
今年は散々な年だった。何度警察を呼んだだろう。
何度もひどいショック状態にさらされてパニックを起こした。
生きている事に疲れてくる。
これ以下のひどい状態が、死の前にはあるというのか?
あるのかもしれない。
そう思うほどに、底無し沼というものがあると言う事を初めて知ったかのように、
この世の不幸には終わりがないのだと感じざるを得ない体験をしてきた人生だった。
しかしなぜか私には希望がある。
それは一体なぜなのか?
地下にしっかり末広な根を張らなければ大きな木はバランスが取れない。
地獄を知ってこその天国だということだ。
もううんざりしているにも拘らず、遠くに希望があるのが見える。
「今更そんなもの、もう遅いよ…。」
腹立ちまぎれに横目で見ながらそう言いたくなる『希望』が見え、いぶかしく思っている。
見たくて見ているわけじゃない。ポジティブシンキングなんてバカらしい事はしない。
もし仮にこれが『希望』だとしても、その内容はといえば、”苦しみばかりのこの世を去るチャンスが来る”とか、そういう『希望』かもしれないじゃないか。
それならそれでよいとも思う。とにかく疲れた。
全力疾走して燃焼したまま補給ができず急激に衰弱してゆくときのようなこの感覚のまま。
見届けてやろう。その謎の『希望』を匂わせるあの光がいったい何を齎すものであるのかを。
西暦2019年。January。
どうせここまで自分が生きるだなんて想像したこともないのだから。
死ぬのかただ生きるのか、それとも…?
なにもわからくても綴っていこうと思う。
なにかに触れたときに思ったことを書き散らす。
それがこのサイトの趣向だ。
なんか文句あるか?
あるならコメントしてみろ。
初めの日記終わり。