今度のテーマは”神”だって。なんだ今頃...

 

 

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はてさて。今回のお題は『神』らしい。

真面目に綴ると一行で終わるか,延々と続く文章になってしまうお題だ。

まあ適当に書いておこう。

神を信じるとか信じないとか,霊が見えるとか,仏が現れたとか,先祖が夢枕に立ったとか
神社に行ったとか,教会で式を挙げたとか,墓守は仏教徒だとか,
節操ない日本人。

要は,何でもいいから神頼み,縋りつく対象。日本においてはそうでしょう?

で,普段は忘れているか,『ありがとうの気持ち』というものに神を込めて,ありがとうアリガトウ と言い過ぎ。それは欧米では『ごめんごめん』と言ってるようなものだね。ごめんで済んだら〇〇はいらんのじゃ。
でもありがとうと言ったらなんでも済まされることにしたいんだろうね。

ありがとうと言い遅れただけで目を剥いて「感謝の言葉はないのか!」と怒り狂う,神に生かされ,神にすべてを与えられて生きている人が殆どだが,ずいぶんと他人には厳しいんだね。
あたかも,他人に与えたそれが自分の所有物であるかのように。
すべて神様のもんでしょ?違うんかい...?
犬をエサで手懐けるかのようだ。しかし猫様には通じないぜ。ナンダオマエハ。シャーー!!!

太古の昔,猫の神様がおった。エジプトの信仰だ。

アレそのものか親戚が私の夢に出現したことがある。
アレはこんな私にさえ現れたのだから,私は,信じる信じないというより,バステット大好きである。

オバケでさえ,いつか私の前に出現したらとっ捕まえて見世物にしてやろうと待ち構えている私でも,猫の母性というもの程感動させる話のある神話などない。
この世のほとんどの神話は,罪と罰と炎の煉獄と阿鼻叫喚の地獄と差別主義の天国と怒りと復讐と嫉妬と呪いに満ちた,
この世の苦しみの最上級のような世界ではないか。

それを恐れてひれ伏し許しを請うのだ。理由は,ひたすら怖いから。(ぷ

原罪とか言ってるけど,なにそれ。そのせいで,皆が生きていることを恥じたり,神に借りがあるような気にさせて見たり? お詫びに何かアホなお祓いとか貢物とか,ああ!!お布施で許してくれようぞってこと?..

あああもうどうでもいいやこんな話。とにかくこれから寝る。
夢枕に立ったところでお布施する銭はありませんぜ。神の親方さんよ。